森村誠の作品を今までいくつも見てきた。
その中でも本作品群は特異だといえる。
この作品群を特異ならしめているのはいったい何なのか?
それはこの作品にかけられた膨大な時間と、
まさに執念、苦行ともいえるその創作行為によるものだろう。
私はこれらの作品にぎっりしと詰まったノイズを感じる。
それはただ単に雑然としたということではなく、
「残像《ともいえる密度の濃い波のようなもので、
そこに整然と積み上げられた「時間《を想う。
一つの辞書の中から特定の文字を「削除《し、
それと引き換えにある一つの事象を浮き出させる。
アリほどの大きさの文字と向き合い、
ひたすらにその事象の出現を待つ。
それは石の中に眠る命を捜し求め、
ひたすらノミを振るう彫刻家のそれに似ている。
歯の抜けたような辞書のページは、
奇妙な温度と生命力を感じさせるモザイク模様を描き出す。
文字を削り取ることによって紡がれるモザイク。
まるでデジタイズされた「0《と「1《の数式のような姿が、
アナクロニズムの手によって弾き飛ばされた文字達によって描かれる。
それは無為の鏡となって、
何者かの姿をそこに映し出す。
そしてあるべき場所を追われた記号たちは、
たとえ瓶に詰められ沈黙を余儀なくされたとしても、
それらはただ単に切り離され、
見捨てられたモノ達ではない。
姿こそ違えど同じmemeを持っている。
同じ一つの次元の上に二つの事象が重なりあうように、
欠けることで産まれた二重世界である。
人類が積み上げてきた「智《の標本たる辞書を、
「時間《というノミで穿ち削り出し、
彼は意味と無意味の狭間で彫刻し続けるのだ。
竹内 敬一 (フリーランス ライター)
